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ガス人間第1号 [観察]

10年くらい前になっちゃうのでしょうか。
当時つきあってた人が「千と千尋の神隠し」を見て
自分はカオナシに似てるとつぶやいてた。
好きだってことを口に出せずに、
でも好きな人のために何かしようとして
空回りしてるところが似てるって。
私はその言葉が忘れられなくて、
別れた今でも「あの人は本当は私のこと好きだけど
伝えられないだけじゃないか」と思ってしまうことがある。
あの人は「他に好きな人がいる」と素直に言ってくれたし、
私とは「恋人という関係になれない」と突き放してくれたので、
もうそういうカンチガイはしちゃいけないんだけど、
やっぱり一緒にいて一番楽しかったし、一生無条件で愛せる人だと思うから、
夜中独りで寂しくなっちゃった時、
まだカオナシのように近くにいるのかもって夢を見てしまうのです。
違うとわかっていても、定期的にそんな思いが襲ってくる。
この脳を洗い流してしまいたい。
ああ、ドラえもんがいたら!

 
なんでそんなカオナシのことを思い出したかというと、
シアタークリエでやってる「ガス人間第1号」を観たからであります。敬礼。
なんで観たかというと山ちゃんが出ているからであります。最敬礼。
2日目の夜公演。前から2列目。
役者さんが近くてちょっと怖かった。
芸人さんと役者さんはやっぱり存在感というか気迫が違うんだね。

「ガス人間第1号」はもともと1960年に公開された東宝映画で、
ゴジラ」と並ぶ傑作と言われているそうです。
知らんかった。
さっき調べたら、舞台は映画の話を現代版にアレンジされていて、
エンディングも新たに加えられているようでした。
原作がある作品にありがちな無理矢理なところもなく、
逆に今の世の中の嫌な部分を冷静に描いていてすごく面白くなっていたのでは。

 
10年前にバンドを解散し、表舞台から消えた歌手の藤田千代。
千代の復帰を邪魔する人々をガス人間が次々と殺していく。という話。
千代もガス人間のやってることは知っているんですよ。
途中、千代の側近(アレンジャー)であるおじいさんが
「千代が命を救ったネコが恩返しに毎晩殺したネズミを持ってきていた」っていう話をして
「ネズミだって生きているんだぞ」と千代たちをやんわりと諭すのです。
その喩えで、ガス人間のやってることの中には「彼なりの正義」と「世間一般の悪」があるんだなとか
いろんなことがパッと見えてくるのですが、
同時に私の中でカオナシのこととか、自分もそのネコと同じなんじゃないかってこととかが
ゆっくりと見えてきてしまったのです。ギャー。

終わったらひつじ屋でカレーを食べようと思っていたのに、食べる気力もなく。
いつもどおりに呼吸もできない状態。
良い舞台を観ると、こんな副作用があるんですね。
たぶん私だけなんだろうけど。


そんなこんなもありつつ、もう一回観たいと思ってしまった。
んで、さっき、ファミマで千秋楽チケット買ってもうた。

山ちゃんが1ヶ月間がんばれますように。
その前に私が弱りきってしまいませんように。
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まんぼー [観察]

うちのテレビは小さいので、
観ていて興奮するということはあまりないんだけど、
サンドウィッチマンのコントは相当興奮した。
泣きそうになったよ。(おととしのM-1は泣いた。)

そういえばお笑いとは違うんだけど、
今年のはじめにテレビで観て、興奮したコンサートがあったのです。
すっごいかっこいいの。ぜひぜひ生で見たいものだ。


興奮してCDも買った。クラシックはようわからんけど、素敵です。

フィエスタ!

フィエスタ!



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潜在異色 [観察]

土曜日、大学病院で年に数回の腹部エコーと採血を済ませて新宿三丁目に向かった。
年齢不詳の地味な眼鏡の医者(嫌いじゃないけど向こうはこちらにまったく興味がないらしい)に
エコーのスキャナ(?)をグリグリグリグリと押し付けられたせいで、おなかが痛い。

新宿三丁目の駅からシアターブラッツまでの間の大通りに
漢字でフレンドと表記している風俗店があって、
見るたびになんだか泣きそうになる。
なんだろう、見てはいけないものを見てしまったときのような。
よくこんなところ入っていけるなあと感心してしまう。
勇気いるよなあ。

潜在異色。
土曜日はロンブー亮さんと、山ちゃんと、サンドウィッチマン伊達さん。
3年ぶりくらいに生で見た伊達さんは肌がすっごく艶々していて、
売れるってこういうことかとなんだか納得してしまった。
その辺を歩いているチンピラとは全然違った。
ちなみに山ちゃんは肌が荒れていました。
幸せになって欲しいものです。

3人ともツッコミだそうで。
亮さんもツッコミなんだそうで。

ライブが始まり、椅子に座った3人が登場。
ライトが当たった人が画面に出てきた画像にツッコミを入れる。
しかし画像がネット上の面白画像っぽかったからか、ツッコミがイマイチ冴えない。
ちょっと残念。

転換の映像は、日本の有名人について3人がツッコミを入れています。さてそれは誰?というクイズ。
まずツッコミ×3が出てくるんだけど、記憶力の衰弱した私にはイチイチ覚えていられないし、
そもそもツッコミ先に聞いて(見て)面白いのかなあって気が。
こちらもちょっと残念。

ソロパート1
亮さんの大喜利8マイル。
1対1で問題を出し合う大喜利。
対戦相手はポイズン吉田。
吉田のダンスが、サザエさんエンディングのタマみたいなクネクネでかわいい。
オーディエンスの反応を見て決着をつけるぜとか言いつつ、
最後は、決着はお前の胸が一番わかってるだろみたいな感じでうやむやのまま終了。
私の中では吉田が勝利。

ソロパート2
伊達さんの下ネタ。
いろいろ講義(洗脳)をした上で、お客さんに自作の小説を読ませる伊達さん。
すっごくうれしそうで、こっちまで楽しくなる。
他の人だったら完全セクハラなのに許せてしまうキャラってすごい。
っていうか、許せてるお客さんたちが凄い。
みんなうれしそうだったよ。たぶん。

ソロパート3
山ちゃんの落語。
潜在異色のTシャツピンクの羽織り(たぶん綿)。
落語としてはまだまだなんだけど、山ちゃんらしさがすごく出ていて素敵でした。
だんだん山ちゃんの落語ワールドにみんな引き込まれていったようです。
笑いました。

ふたたび画像にツッコミ。

3人でのコント。
亮さんが脚本、演出。
伊達さんがラーメン屋、山ちゃんがラーメンマニア、亮さんが偶然ラーメン食べに来た人。
終わり方がすごく好き。

 
久しぶりに涙が出るほど笑った。
ストレスもなくなったね。ってあったのかわからんけど。
採血はライブ後が良かったな。となんとなく思った。

なんか文章がリハビリっぽいな。

晴れた日 [観察]

獣がいる。
東京タワーの見える喫茶店。
ボリュームのある灰色の毛皮を着た女がやってきた。
青白い肌にワンレンと呼ばれる黒髪。
小さな唇に暴力的な紅い口紅
何を食べて生きているんだろう。

 
ここ1週間以上、頭の中に霧がかかった状態で、
ドラクエだったらリセットするのに、なんてことを考えてばかりいた。
美しいものを見ても、美しいと思えない。
たくさんの他人が集まる場所で、急に叫びたくなる自分に戸惑っていた。

醜い自分を憎みながら、胃の隙間にものを詰め込む。
油にまみれたものを食べ、吐くこともできない。
日に日に服はきつくなり、頬の脂肪は垂れてくる。
美しい人がすべて敵に見えた。

 
1月24日17時半開場、18時開演「パンク侍、斬られて候」。
チケットをたよりに座席を探すと、私の席は丘の上のようなところで、
ここから舞台を観て、何かを感じるだろうかと悩んだ。
霧のかかった頭で、何かを感じるだろうか。
途中で叫んでしまわないだろうか。

終演は20時45分。
内容は秩序を逆手に取った混沌。
教科書通りにはいかない現実を笑いながら、嘆きながら、諦めるなと言っている。ような気がした。
楽に見える道を進んでも、ハッピーエンドにはならない。
そもそも、ハッピーエンドとはどのような状態かということを問われてもわからないけれど。

冷蔵庫のように冷えた街を歩きながら、
まだ霧の晴れない頭でこれからのことを考えた。
みんな死んでしまえばいいと思った。

 
夜が明けて、昼になって、目が覚めたのでダンボールで送られてきたみかんを4個食べた。
数週間ぶりに掃除をしようと動き出す。
霧が晴れてきていることを感じる。
ものを動かし、窓を開ける。
澄んだ青い空。あたたかい風。

霧は70%。
オールブランに冷たい牛乳をかける。
あるだけを全部食べた。
さらにみかんを2つ。
コートを羽織り、財布を持って外に出る。
徒歩3分の吉野家。
牛丼並と生卵。
胃は120%に膨らむ。

店を出て、何かが変わる気がして、大きな寺まで歩いた。
手と口を清める。
口の中の牛肉エキスと卵が消えていく。
お賽銭は50円。
これといった共通点はないのに、
金色の仏像を祭った板張りの空間が
きのう見た舞台のように思えて
手前に並べられた椅子のひとつに座った。

穏やかな顔の仏様。
儀式のための道具がすべて美しい装飾として完璧なバランスで配置されている。
丁寧に磨かれた床は鏡のようにそのバランスを支えていた。

広々とした空間。
誰も言葉を交わさない。
お賽銭を投げ入れる音だけが響き渡る。

完璧な美しさを眺めながら
私は生きてていいですかと心の中で問うてみる。
答えがないことを知っていながら。

しばらくすると、奥の金屏風からお坊さんが現れ、
脇に祭られている上人像の前で儀式がはじまった。
南無阿弥陀仏という歌かもしれない。
5つの木魚は少しずつずれたリズムなのにわざとそうであるかのように収まっている。
お賽銭の音も、ハイヒールの足音も、全部その歌の中にあった。

白髪の女性が手を合わせている。
この人は私の祖母なのかもしれない。

つぎの儀式は金色の仏様の前で10人のお坊さんがお経を上げるというもので
一人の中年女性が、板の間の赤い敷物の上に座り、手を合わせている。
10人の歌はさきほど以上の美しいハーモニーで、
独唱や銅鑼をまじえながら、頭の中を洗い流すように響いていた。

こちらに背中を向けた中年女性の背中は贅肉がたっぷりとついてて
あれは私の母かもしれないと思った。
途中でその女性は、若いお坊さんに導かれて仏様の前でお焼香をし、
丁寧に頭を下げた。

お経が終わりに近づいた頃、中央に座っていたお坊さんが仏様に語る。
平成19年に…事故で……昭和52年に生まれ…
あの中年女性の息子さんは死んでしまったようだ。
一人で、お寺で、仏様の前で、美しいお経を聞きながら、何を思っていたのだろう。
私の母である中年女性を思い、涙が出た。

外に出るとすっかり空は紺色のグラデーションになっていた。
東京タワーは凛と立っていて、私はそれを久しぶりに美しいと思った。
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